【名物企画】たつこた鼎談 ゲスト:細野香里氏

世界的米文学者の巽孝之氏、SF&ファンタジー評論家の小谷真理氏のお二人がゲストを招いて討議する名物企画「たつこた鼎談」。今回のゲストは巽ゼミOGで、現在は慶應義塾大学で教鞭を取られている、米文学者の細野香里氏。今年のテーマ"Unmasked"を巡って、パンデミックを振り返り、「赤死病の仮面」「マスクとロマン」「マイケル・ジャクソン」、そして「ゴシックとは何か?」など盛りだくさんの内容をお届けします!

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『ファンタジーの冒険』

小谷:巽先生編の近著の話が出たので、私もしようかな。実は、今度『ファンタジーの冒険』の新版が出るんです。新版にするのに読み直したら、あれは1998年に出てるんですけど、あれが出たちょうどその頃、『ハリー・ポッター』が出たことによって世の中が変わってファンタジーの世界になってしまって。だから『ハリー・ポッター』以前で終わってるんですよね。

『ファンタジーの冒険』(筑摩書房、1998年)

巽:あの時にあんなベストセラーになるとは思わなかった。

小谷:本当にどうしてあんなベストセラーになったんでしょうね。

巽:我々ね、1995年にエディンバラに行ってるんですよ。グラスゴーで世界SF大会があってね。当時あの富山太佳夫さんがエディンバラ大学にいて、それで近いから遊びに来い来いということで行ったんですよ。電車で1時間30分ぐらいです。いろいろ案内してくれて、散々歩かされたよね?

小谷:「山をみたいか、城をみたいか」っていわれて、「城みたい」とか言ったら、「わかった」って谷底へ降りてからこう今度はものすごく登らされて。

細野:結局、山登りされたんですね。

小谷:城は閉まってるし、そしたら、冨山先生「山に行こう」とか言って、それから「キングアーサーズ・シート」まで登らされました。途中で雨が降ってきて、それでも先生ずんずん登ってく。私たちは体育会系じゃないから途中で根を上げて、「先生、私もう歩けません」って言ったら、腰に手を当てて、「立て、立つんだ」って叱咤するんだよ。

巽:へばったよ。

小谷:あとでね、編集者の人が同じところを歩かされたそうで。それで「巽夫婦はダメだな、あれ。夫婦で手を握り合って道端にうずくまってた。」と噂を流されました。まあその頃といえば、先生に案内されて、キング・アーサーズ・シートまでエジンバラの街中を歩いてたら、ちょうどJ・K・ローリングが書いていたという喫茶店の前を通ってるんですね。

巽:その時はちょうどJ・K・ローリングが『ハリー・ポッター』の原稿を書いてた時期にあたるんです。

小谷:それそれ、私には思い当たるふしがあって。『ハリー・ポッター』のなかに、魔法族の人たちがマグル(人間たち)の街中に出てくるというシーンがあるんですね。そしたら魔法使いたちはちょっと異様だからわかっちゃう、変な恰好してたりとかして。それってSF大会のことじゃないかなと思ったんです。その時グラスゴーのSF大会に参加していた変なヲタクがエディンバラを見に行くって言って、町に来てたんじゃないかなー、我々のように変なTシャツ着てたりとかね。コスっぽかったりしてね。明らかにあれを見たんじゃないかなあ。

巽:その時のJ・K・ローリングは全く無名ですからね。ただひたすら書いてただけで。

小谷:本当にすごい凄い作家だと思います。現実に対する洞察力が半端じゃないでしょう。新版では「ハリー・ポッター」以後の現代までは足してますし、『ハリー・ポッターをばっちり読み解く7つの鍵』での読解ねたも入ってますね。「ばっちり」は、子供向けの評論書でしたが、内容は大人でもOKなので。

という感じで、バンバン新しいネタを入れてやったらですね、最近の知見がすごいんですよね。『指輪物語』が映画化されたりとかして、それでオタクがワーッと一気に群がった結果、研究のレベルが上がりまして。その頃、発見されていなかったことがいっぱい出てきました。ラヴクラフトもそうです、佐藤先生が大好きなラヴクラフト。あの方マンハッタンに住んでいたことがあるんですよね。

佐藤:そうですね、結婚して。

小谷:1923年から1929年の間におけるマンハッタンでのラヴクラフトのことを書いた方がいてですね。ウェブにそれが一部上がってて話題になっていますね。今、観光資源としてのラヴクラフトがすごく注目されていて。

佐藤:ツアーありますね。

小谷:あとニューヨークというかブルックリンの住んでた場所と、それから彼のオタクの友達が住んでいて小説に書かれちゃった部屋とか。住所が全部あって、聖地巡礼出来るように着々と整備されています。ファンとしては嬉しいような。

佐藤:ニューヨークを舞台とする3つの短編をそこで書いていますよね。プロビデンスではほとんど出会わなかったけど、ラヴクラフトはいろんな移民とニューヨークで会うんですね。それがあの世界に反映されている。

小谷:私もマンハッタンのその場所を見たり、本を読み直したりしているんです。ホラー作家って言われてるけど、幻想的というよりは、結構リアリスティックに書いてますね。

佐藤:そうなんですよ、リアリスティック。ただ、肝心の怪物はよく分かんないですけど。土地はですね、実際でも特定できるぐらいの書き方をして。

小谷:そうですよね、すごく描写がリアルなのに幻想作家になってるんですよね。何ででしょうかって伺ってみたかったんですよね

佐藤:日本でも翻訳が出た『ラヴクラフトカントリー』はそこそこ人気が出てますけど、あれは異人種恐怖っていうことで、アメリカにおけるいろんな見えない黒人差別をむしろホラーとして書いてあるんですね。だから主人公たちは黒人なんですよ。昔のグリーンブックなんかがあった頃の話ですね。そのグリーンブックを頼りにしてた黒人たちがやはりいろんなその白人の組織的な恐怖に会うんですよね。だからあのタイトルは『ラヴクラフトカントリー』と言って色んなラヴクラフトの愛読者の黒人たちが出てくるんです。それで、ラヴクラフト作品では有色人種が忌み嫌われているんだけど、それでも、その黒人たちの愛読書なんですね。そのあたりは私も日本人で作品では色々差別される側なんだけども、そのラヴクラフトが面白くてしょうがない。差別される側にもやっぱりラヴクラフトの愛読者が出てきて、でもやっぱりその街で現実にあうその嘘みたいな程にあからさまな黒人差別とか、社会の闇としてこういう恐怖が出てくるって言うので、ちょっとそのあともすごいです。現代風に上手くアレンジしてますね、オマージュとちょっと違う。

小谷:というわけで、ちょっと隠しネタとか色々な発見もあったので、それを入れて新版をちくまから出す予定です。ちょっと遅れてるんですけど、まあ出ます。

“Unmasked”と価値転倒、そしてこれから

メモに残っていたパニカメのテーマ案。

佐藤:”Unmasked”というのが今回のテーマですが、慶應がマスクの着用を今年の4月から自分で判断するということになったんですよね。ゼミ生たちがだんだんマスクが外れて、それで「パニカメ」のテーマについて投票を取ってみたら、ダントツで”Unmasked”になったんです。

 巽:投票とったんだね。いくつか候補があったんだ。

 佐藤:そうなんですよね。でも、こう、響きがいい。おそらくポーの話、そういうことになるだろうと言って、”The Masque of the Red Dearth”なんかの話が出た。やっぱり適格だなと思ったんですけど、”Unmasked”とロマンですよね。見えないというところですけど、確かに19世紀のポーとかホーソーンを見てみると、結局、肝心なことがなかなか出てこないという展開はありますね。”The Man of the Crowd”では主人公の顔が群衆の人の顔だっていうんだけど、それがなんだか分からないし、あのEthan Brand”でも、世界中を旅してブランドが見つけたっていう「許されざれる罪」ということが何かはわからない。

私はもちろんポーもいろんな話が思い浮かぶんだけど、ホーソーンも結構マスクを題材にしていますね。”The Minister’s Black Veil”という話があります。牧師が急に黒いヴェールをつけるようになったんです。でもマスクと違うのは口が出てる。その上だけ隠してるんだけど、最後まで外さないんですよね。それで最後の死の床に着くときも、必死になってヴェールをつけてる。そのエンディングとしては、墓の中でもずっとマスクをして棺の中に入ってるんだろうってことですけど。あれもやっぱり”Unmasked”っていうけど、やはり外したがらない人っていうのが出てきます。やっぱりこう隠してるからこそ、我々のいろんなイマジネーションを働かせるところがあるわけですよね。我々ってこのマスクをしていた時に、その人の顔だけじゃなくて、こういろいろなことを想像した時期じゃないかと思うんです。でも、今それがこう外れつつあるっていう時になったわけですよ。それで、それが開放的な時代なのかっていうと必ずしもそうでなくて、もしかしたらね、多いなる幻滅の時代かもしれないなって。非常にそんな気がするんですよ。隠れたホーソーンのマスクの作品っていうのは最後の長編の『大理石の牧神』と呼ばれるThe Marble Faunっていうのがありますね。エンディングがイタリアのカーニバルということで、みんなマスクして街に出てくるんですよ。最後カーニバルのシーンで終わっていて。1人のヒロインの女性がずっと行方をくらましてるんだけど、最後、そのカーニバルの場面で何故かひょっこり顔を出す。それでその行方不明だった間に何があったのかってことをやっぱりホーソンは書かないんですね。読者からいろんな批判とか何をやってたんだかわかるように書いてみろって言われたので、ちょっと言い訳めかした、こうエンディングを付けたんです。けれども、それも不満でやっぱりぼかしたように書いてるんです。

“The Masque of the Red Death”と、それからThe Marble Faunもそうなんですけど、マスクと祝祭っていうのはセットで、やっぱりカーニバル的なことが起きる。価値転倒のようなことが、マスクをしてる間に起こったわけですよね。だから私たちってマスクをしてる間に授業もそうだし、大学とか友人の付き合い方もそうだけど、いろいろ今まで当たり前に思ってたものがパッと転倒したっていうのは非常に大きいことでした。私みたいな人間もそれまでGoogleドライブの意味さえ分からなかった。

小谷:わかる。

佐藤:自分がパッと変わっちゃったんですよね、この時代に。だからマスクを外したがらない人がいるっていうのは、ある意味カーニバルを続けたいということがあるのかと、そんなこと思いました。本当に外れるかどうかはまだ分からないですけど、マスクを外したら世の中が変わってるってあたりがこれからいろいろ見ていくと面白いし、「パニカメ」がデジタルになってる、そういうこともありましたが、今後楽しみでもある。

ー本日はたくさんの貴重なお話を聞かせていただきまして、本当にありがとうございました!

鼎談終了時の集合写真
終了後に三田キャンパス近くの五右衛門にて。OBで第26代パニカメ編集長の榮さんが駆けつけてくださった。

2023年6月28日 三田キャンパス南校舎473教室にて

司会:3年山下

聞き手:4年加藤、3年長谷川、山下

文字起こし&構成:山下

編集部員:小嶋、金、木原、山勢

撮影:長谷川

Information

巽先生のHead Master’s Voice: https://www.keio.edu/about-us/headmasters-voice

小谷真理先生のHP:http://inherzone.org

細野先生の研究者情報:https://researchmap.jp/kaorihosono

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