【名物企画】たつこた鼎談 ゲスト:細野香里氏

世界的米文学者の巽孝之氏、SF&ファンタジー評論家の小谷真理氏のお二人がゲストを招いて討議する名物企画「たつこた鼎談」。今回のゲストは巽ゼミOGで、現在は慶應義塾大学で教鞭を取られている、米文学者の細野香里氏。今年のテーマ"Unmasked"を巡って、パンデミックを振り返り、「赤死病の仮面」「マスクとロマン」「マイケル・ジャクソン」、そして「ゴシックとは何か?」など盛りだくさんの内容をお届けします!

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(左から)小谷真理先生、巽孝之先生、細野香里先生。

ーまずはじめに巽先生、小谷先生、細野先生、本日はお忙しい中、弊誌企画にお時間を割いてくださり、誠にありがとうございます。本日はどうぞよろしくお願いいたします。

パンデミックを振り返って

ー令和5年5月8日より新型コロナ感染症が5類へ移行しました。もちろん、まだまだ予断を許さない状況ではありますが、少しずつコロナ前の日常を取り戻しつつあります。そこでここ3年をお振り返りや考えられていたことを、巽先生からまずお伺いしてもよろしいでしょうか?

巽:驚くべき時代でしたよね。2019年にコロナが騒がれ始めたわけですけど、その年の11月には北米のアメリカ学会の年次大会がハワイのホノルルで開かれて、私も細野君も参加していた。だから当時はまだ平気で海外出張してた。

巽孝之先生

細野:そういえば、そうですね。

巽:2020年になっても、小谷さんは1月に韓国行ってるし。

小谷:うん、大串先生に連れられて。楽しかったですよ、彼女、実に詳しくて。

巽:私は2月にスペインで国際会議があり、3月の初めには小谷さんと、カナダのブリティッシュコロンビア大学の国際会議に出ている。本当はギリギリのタイミングだったんで、危なかった。

小谷:世事に疎いので気が付かなかった。カナダに行ってから気がついてね、カナダの州が東からどんどん封鎖されていって。バンクーバー界隈だけが残ってるぐらいな感じ。向こうに行って事態の深刻さを思い知った。

巽:そうそう、ジャパノロジーの会議だったんですけど、我々は日本からはるばる太平洋を超えて対面で参加してるのに、例えばUCLAのマイケル・エメリックなんかは大学当局から出張禁止令が出たとかでズームで参加していた。

小谷:外務省のホームページ見たらさっさと帰国しろみたいな指示が出てる。えっ! そうなんだとか思って。でもあと会議2日ぐらいあるよね、間に合うかなとか言いながら全然のんびりしてたんですね。

巽:そうですね。全然実感してなかった。

2020年というのは、私は定年退職の最後の年でしたから、優雅に過ごそうと思ってたんですけど、授業が全部ズームになっちゃったので、準備しなきゃなんないじゃん!って。

小谷:ズームって何それ?って笑

巽:そうなんです。新しいことを覚えないといけないじゃないですか、ハイテクはいいんですけど。昔はね、何か1つのことをマスターしたら、あとは一生もんだよという、言葉があった。最近一生ものなんてないわけですよね。毎年システムが変わって、バージョンアップするから毎年毎年勉強し直さなきゃいけない。

小谷:そうそう。狂ったようにバージョンアップをやり続けるって大変だよね。年寄りにはむずかしい世の中になっちゃいましたね。

巽:我々、海外は2020年の3月以降ずっと日本から出なかった。本当は2021年の6月もパリで国際メルヴィル会議の予定だったんですけど、それも断念。何しろ2021年の3月13日が最終講義だったんであとはのんびり八ヶ岳の別荘で引退生活だと思ったら、 5月には塾長から電話がかかってニューヨーク学院へ行くことになっちゃった。慶應義塾には 1982年に奉職したから、2020年度で終わると38年間なんですよね。ちょっと40年には2年足りないなあと思ってはいたんですが、今はそれどころじゃない。

コロナ禍で一番悲惨だと思ったのは、なじみの店が次々に潰れちゃったことです。我々が住んでる恵比寿の三越をはじめ、六本木のライブハウスや映画館があちこち潰れて。でも三年経つと、いろいろ復興してきて、最近じゃなんとなく街が活気を取り戻したような気もする。だから、その時の学部生は本当にかわいそうだと思う、合宿もなかったんだからね。大学というものの機能の1つはもちろん勉学の場でもあるんだけど、サークルなどで人が物理的に「集まる」ということ自体が大事なのね。どうしてもズームじゃ伝わらないことがあるんですよ、対面でないと。

ところで、ニューヨーク学院では私の秘書でアイヴィ山田理江子さんという、井上逸兵先生と大学院同期だった方がいます。彼女によると、コロナの時代のマンハッタンには、平気で死体が転がっていたと。

小谷:テントみたいなのがあって、野戦病院みたいな感じになってたらしいんですけど、ご遺体の処理が間に合わなかったって。

巽:現在のニューヨーク学院の生徒たちは大半が日本から来た生徒たちなんですけど、 2020年からのコロナ禍最盛期には、確か1年間ぐらい帰国させたんですよ、守り切れないからということで。だから大変な時期だったのは確かです。

小谷:もっと早く終わると思ったんだけど。

巽:結構ダラダラしてましたね。トランプ政権の悪影響で今のアメリカ合衆国は移民に厳しく、ビザを取るのが長引いたんですよ、12月までおりなかった。学院長就任の依頼が 2021年 5月で、その年の 9月の新学期にはもう行ってくれと言われていたのに、行けなかったんです。それで 9月から 12月の間は、国際担当の常任理事(副塾長)の土屋さんが学院長代行をやってくれたんですよ。その時が一番大変だったと思う。多分ピークの21年の秋。

五年くらい前なのかな、ニューヨーク学院は入学式もできる大きいホールを作ったんですね、三田演説館にあやかって「スピーカーズ・ホール」というんです。入学式、卒業式のために教職員から生徒全員、保護者たちが一斉に集まっても収容できるよう、四百名規模なんですが、 2021年9月には入学式もそこではやらなかったんですよね。ズームです。

小谷:あんまり可哀そうだから野外のラーメン屋台に来てもらったって。

巽:そうそう、ワゴン車なんですけど、一応屋台風にやってくれる。あと土屋さんと山田さんが寮生たちへの部屋を一つ一つ、ピザを配ってまわったとか、聞くも涙。

小谷:涙なしには語れませんね。

巽:2021年の9月以降が1番ひどかったから、土屋さんは年明けの1月ぐらいまでは行ったり来たりする度に、空港のホテルで10日ぐらい缶詰。実は私が初めて物理的に行ったのは2022年の2月19日なんですが(元旦から任命されていたから、それまではズーム会議)、3月6日か7日にいったん帰ってきた時にはもうホテル缶詰の期間は解除されてましたね。だからそこらへんが端境期というか。ワクチンもね、2021年に入ってすぐ導入されたじゃないですか。

佐藤:そうでしたね。

小谷:結構早い方ですね。

小谷真理先生

巽:伊藤公平新塾長は就任早々、ワクチン対応したんですよ。大変だった時期でしたが、私が就任して2022年の4月に小谷さんとパーチェスに住むようになってからは、もう普通に暮らしてましたね。その時期からはニューヨーク学院も通常運転。2年の間、中止されていた文化祭「祥風祭」も「お花見会」もすべて復活しました。

細野:その時期からマスクは基本的になしですか?

巽:マスクも徐々になくなりつつありますね。その象徴が去年の5月14日にセントラルパーク・ウエストで再開された「ジャパン・デイ」(Japan day)で、ニューヨーク学院を含む百前後の日系団体がパレードをやったんですね。

小谷:ニューヨークの、だいたい地元で領事館が音頭を取ってJapanDayって日を設けて。いろんなグループがあるんですけど、その人たちのパフォーマンス行進みたいな感じ。レインボーの行進と同じような感じですね。よさこいとか、お神輿とかいっぱいありましたね。

巽:プログラム見てたらお神輿(portable shrine)の団体もいてね。今年は90グループぐらいは参加して。

小谷:去年はちょっと少なかったですね。

巽:そうそう。それでセントラルパーク・ウェストの 80丁目あたりから 60丁目あたりまでを20ブロックぐらい歩くんですよ。終わりの方には、レッドカーペットが敷いてあって、何事かと思って見ると、セントラルパーク側にひな壇状の特等席がしつらえられていて、そこに領事とか市長とか知事とかがずらっと並んで座ってる。

小谷:その前でちょっとスペシャルなパフォーマンスをする。

巽:うちのチアリーダーと本当のオーケストラが参加するんです。ブラスバンドじゃなくてオーケストラね。バイオリンも歩きながら弾く。

小谷:うちは目立ってたました、何しろチアがいますから。

巽:去年はねチアがちょっとかわいそうだなと、トレパンだったからね。今年はちゃんとスカートです。

細野:トレパンだったんですか。それはなぜですか?

巽:前の学院長が女子のスカートを禁止したんですよ。なぜだかよく分かんないけど。

小谷:そうねえ逆に男子も全員スカートにって、ならないのはなぜ? 今年はでも、先生がスカート解禁したんですよね。

巽:生徒会というものがあって、生徒会長とか副会長が直訴に来るんですよ。男子ですが。

小谷:女子からつき上げを食らったのかな。

巽:「スカートを戻すように、学院長から言ってください」って。

小谷:選べるようになったんですよね。

細野:パンツとスカート、好きな方を選べるのが一番良いですよね。

小谷:だから今回はチアリーダー軍団、目立っちゃってすごかったです、元気いっぱいで。それで早稲田の稲門会から2つグループ先に早稲田がでたんですけど、おじさん達が赤紫色のTシャツ部隊で「慶應さんは凄いですね」って。

細野:そこで早慶戦が。

小谷:永遠のライバルですから。って、煽ってどうする(笑)。

巽:そうそう、面白かったです。だからこのパレード自体がね、コロナが一段落した象徴みたいな感じがします。

ーありがとうございます。それでは小谷先生のほうからご覧になった3年間についてお聞きしてもよろしいでしょうか?

小谷:日本というか、とにかく今の文明社会がこんなに脆弱だと思わなかったので、普段は隠蔽されている問題点が全部出てるな、と思いましたよね。コロナっていうウイルス自体がちょっと特殊なウイルスで。

巽:なにしろ小谷さんは専門家だしね。

小谷:私、薬学部でてるんです、北里の。卒論でRNA型ウイルスの抗ウイルス薬の研究をしてたんです。当時はAIDSウイルスも発見前の時代でした。でもね、その後の展開考えても「こんな変なウイルスは見たことない」と思いました。とにかく変異が早い。感染力がめちゃくちゃ強くてですね、こんなに一気に広がると思わなかったんです。変異が速いと、ワクチンが作りにくい。類例がないと太刀打ちできないっていうか、時間かかるんですね。それから広がり方と症状にちょっと驚いたんですね。

それで、余力がない状態で経済を回してるっていうのが結構はっきりわかった。私は2,3年大丈夫じゃないとか、しばらくは余力で持たせられるんじゃないって思ってたんだけど、意外とそうじゃなかった。それとこんなパンデミックに不慣れな政府の対応もちょっとおかしい。1つ例を挙げると、大学はロックダウンの時に閉鎖されたのに、学生さんが家にいるとお母さんたちが大変で、政府を糾弾するので、政府の方から大学を早く開いてほしいという通達が来たことですね。えっ、開いちゃって大丈夫なのかなって超心配なのに、なんと学生にちゃんと大学を解放してくださいみたいな感じにしちゃって。ワクチンがまだ流通してない段階でみんなうつっちゃったらどうするのみたいな、政府の疾病に関する基礎知識不足……というようなことが結構たくさんあったな。

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