【堀啓子先生 エッセイ】〈探偵小説の父〉の愛したアメリカン・ミステリ

0
388

Bertha M. Clay はハウスネームである。本来の作者は Charlotte Mary Brame(1836 –1884)というイギリス人女性であった。彼女はいわゆるストーリーテラーで、母国で多くの一般読者を魅了したことから、その作品の多くがアメリカにもたらされた。家庭小説が多いが、中にはミステリーテイストを有する作品もある。その時代のことで、出版契約などもいい加減であり、薄利多売を目して多くの廉価版小説を出版していた Street & Smith Publications, Inc.が、本人には無断で彼女の本名の頭文字 CMB を逆にして BMC としたところに適当な名を充てて Bertha M. Clay とした。そしてこの Bertha M. Clay の名義でその著作を売り出したところ、大変な人気を博し、多くのお抱え作家にその名を共有させ、似た作風で次々に作品を書かせていったのである。

【Bertha M. Clay 作品の涙香訳『古王宮』の初出紙(『萬朝報』明治三十二年二月二十六日)と単行本初版(扶桑堂 明治三十三年)の表紙と口絵。初出紙では連載小説が一面の四、五段に組まれており、その注目度の高さを示している。】

彼女の作品の最大の特徴は、ほぼすべての作品にイギリス貴族が登場することである。彼女の夫がロンドンで宝石の仕事に携わっていたことから、顧客である貴族たちを間近に観察する機会に恵まれたことがその強みとなった。折しも富豪の父を持つアメリカの令嬢たちが欧州貴族に嫁ぐことがステータスとみなされており、一般の女性読者たちもイギリス貴族への憧れを抱いていた。それがアメリカでの Bertha M. Clay 作品の人気を高めたのである。

 涙香はその作品をアメリカの出版社の版で多く入手していた。そしてその作品を多く翻訳することで新聞紙上を賑わせた。涙香はこうした活躍を経て、『萬朝報』という新聞社を立ち上げた。その連載小説欄には、多くのミステリーが掲載され、その後の日本のミステリーブームを牽引することになったのである。

【Street & Smith Publications の New Bertha M.Clay Library(1917-1932)シリーズの表紙】

資料提供:堀啓子先生

Information

・堀先生の研究者情報 : https://www.u-tokai.ac.jp/facultyguide/faculty/3000/

・尾崎紅葉がご専門である堀先生がご登壇される、新宿区情報発信イベント「紅葉と鏡花-牛込神楽坂に花ひらいた文学世界」のリンクは下記URLから。イベントの様子は後に新宿区の観光課のYouTube動画にアップされ、みることができる。

https://www.city.shinjuku.lg.jp/kanko/bunka02_002167_00005.html

↓イベントのフライヤーはこちら。

返事を書く

あなたのコメントを入力してください。
ここにあなたの名前を入力してください