[長澤唯史先生インタビュー]『70年代ロックとアメリカの風景:音楽で闘うということ』刊行記念企画

今年の1月に『70年代ロックとアメリカの風景:音楽で闘うということ』を上梓された椙山女学園大学国際コミュニケーション学部教授の長澤唯史先生に4年の榮光太郎がインタビューを敢行!!4時間にも及んだ「音楽愛」に溢れるインタビューをもとにした渾身の記事をご覧ください!!

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執筆に至った経緯

--まずは本書『70年代ロックとアメリカの風景:音楽で闘うということ』を書かれたきっかけについてお聞きしてもよろしいでしょうか

『70年代ロックとアメリカの風景:音楽で闘うということ』(小鳥遊書房)

長澤:河出書房でキング・クリムゾン特集のムックを出す際に、岡和田晃さんという文学評論家の方を通じてお声がけいただきました。編集の方が「文学と音楽」というテーマで書ける人を探していたので、岡和田さんが紹介してくれたんです。実際に書いてみたところ、あちらのイメージと原稿が合致したのでその後同じくプログレッシブ・ロックバンドのジェネシスなどに引き継がれる形で企画が立ち上がりました。
 ただ、「音楽と文学」を繋げるきっかけは慶應の学部にいた頃に得たものですね。私が在籍していた時の慶應英米文学専攻には大橋吉之輔先生と山本晶先生がいらっしゃった。1回目の米文学史の授業で山本先生がクイーンの「ボヘミアン・ラプソディ」とイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」を取り上げていたんです。もちろん音楽論的分析ではなく、現代史や現代文学における閉塞感や孤独などのテーマから歌詞を読むというものでしたが「文学部でこういう事をしていいんだ!」という衝撃があった。

--楽しそうですね(笑)

長澤:当時50歳前後だったと思いますが、山本先生はそれまでのアメリカ文学の研究のスタイルとは違うスタンスで取り組まれていましたし、今の慶應英米を作ってくださった方です。

--個人的な話で恐縮ですが、大和田俊之先生の授業を2年生の時に受講した際にそこでポピュラー・ミュージックというものを学問として扱われているのを見て、大学の可能性や楽しさに気が付く事が出来ました。半世紀ほどの時間が経っていますが、一種の慶應の伝統の様なものを感じます。

『アメリカ音楽史』(講談社選書メチエ)

長澤:慶應はアカデミックでありながらも、とても自由な側面がありますよね。学生がやりたい事を好きにやらせてくれるし、こちらから教えを請うとしっかりと教えてくださる。今の私があるのはやはり慶應のあの時代があったからですね。
 お名前が出た大和田先生は『アメリカ音楽史』という本によって文学研究とポピュラー・ミュージックの研究の新たな接続法を教えてくださいました。それまでの音楽研究というと社会学が中心で、文学研究者は研究のスキルや知識を音楽研究に取り入れる方法に苦戦していたんです。大和田先生が『アメリカ音楽史』で一つの道筋を見せてくれた。ですから、私はどちらかと言うと大和田先生がやっていない方向性で今回『70年代ロックとアメリカの風景: 音楽で闘うということ』を執筆しました。大和田先生は実証研究を行い、様々な歴史的資料を遡って探すという文学研究の中でも基礎中の基礎をきちんと行っていますが、私の場合は学部生の時からから現代文学や批評に興味があったので、歴史学や社会学と繋がった論考をロックやポピュラー・ミュージックの分野で提示したいと考えていました。

「音楽で闘う」“ARMED WITH MUSIC”ということ

--学部時代にまで遡る貴重なお話をありがとうございます!今回、出版された著書のタイトルは『70年代ロックとアメリカの風景:音楽で闘うということ』ですが「70年代」というのは実際どういった時代だったのでしょうか?ジョン・レノンが「ゴッド」(『ジョンの魂』収録)で「Dream is over 」と歌ったのが1970年の12月、70年代とはまさに「夢の終着点」という印象です 。

長澤:70年代を考える際には遡って60年代から見た方が分かりやすいかも知れません。一般的には60年代においては「夢」や「未来」「進歩」というものがロックと結びついていたと言われます。イーグルスが「ホテル・カリフォルニア」で歌っている1969年というのがひとつのターニングポイントになっていて、そこから70年代に入る際にオプティミスティックな視線というのが失われていったというのが定説ですが、 70年代に中高生だった私からするとそこまで暗い時代ではなかった印象なんですよ。

 60年代を引きずってはいましたが、その精神性や受け継いだ遺産を拡散していった時代として70年代は捉えられるはずです。ロックにおいてはサイケデリックがプログレに、ブルースがハード・ロック、さらにヘビー・メタルになっていく。70年代に入ってからロックは確かに商業的になっていますが、それはオーディエンスを獲得するための一つの方便でもあった。やはり60年代の音楽と70年代の音楽はそこまで隔たっている訳ではないと感じる。例えばセックス・ピストルズですね。当時、友人とフィルム・コンサートで「アナーキー・イン・ザ・UK」を見た際に「なんだこれは」と大爆笑したんです。今まで見た事も聞いた事もない全く新しいものに触れた当時の体験を振り返ると、そういった音楽を生み出した70年代のエネルギーは確かに存在していたと感じますし、60年代に生まれたものはそこで消えた訳ではなかった。

--『70年代ロックとアメリカの風景:音楽で戦うということ』は洋題だと “ARMED WITH MUSIC: 70’ ROCK MUSIC AND THE UNITED STATES”ですよね。「音楽で闘う」という日本語を訳す際に“ARMED WITH MUSIC”とされたのが非常に印象的です。StruggleでもFightでもなく“Armed”。どんな事を意識されてこの洋題にされたんでしょうか?

長澤:最近の音楽における一つの重要な要素に「共感」が挙げられますよね。そういった現在の音楽への向き合い方を踏まえて「何に共感するのか」という事を改めて考え直した際に、自分がロックに夢中になった理由が「ロックが何かと闘っている」からであり、そこに自分が共感していた事に気が付いたんです。60年代の音楽は戦争や政治、また若者に対する抑圧に抗うものだった。70年代はそういった「敵」が本当に不可視なものになりつつある、不安定でふわふわした時代でした。栄えてはいるけど、なんとなく息苦しい。そういう時代においてロックはその「雰囲気」と闘うものでもあったと思います。
 「音楽で闘う」を訳す際に“ARMED WITH MUSIC”にしたのは、私がギターという楽器を弾く事や一人のロックファンだからかもしれません。音楽が無かったら今の自分は無いでしょうね。そういった意味では好きなもので「武装する」という感覚はありますし、ジェフ・ベックやジミ・ヘンドリックスの様な「楽器」という「メディア」で何かを表現する事で闘っていた当時のミュージシャンにも繋がります。
 とは言っても自分だけで考えた訳ではなく、本書でイラストを書いてくださった横山ミイ子ミィ子さんが読後に「闘ってますね。色々なものと闘ったその結果を文章にしてるんですね」と仰ってくださった際に、自分の中で腑に落ちるものがあったんです。「闘う」という言葉には今までのロックに関する評論を踏まえた上で自分なりに新しいものを築き上げる「闘い」、自分が共感していた70年代の音楽の「闘い」、当時の自分自身が挑んでいた「闘い」、そう言った重層的な意味が込められています。

プログレッシブ・ロックの「構築性」

--タイトルに込められた素敵な想いに関してお話してくださりありがとうございます!
 その70年代というのはプログレッシブ・ロックが流行した時代でもあったと思いますが、本書では第一部ではキング・クリムゾンやジェネシスにイエス、そしてELP(エマーソン・レイク・アンド・パーマー)が取り上げられています。そこでテーマとなっている「構築性」とはどういったものでしょうか?

長澤:60年代までの音楽は即興的に曲を作る事が良い事だとされていて、再現不可能な事が多いんです。「一回性」が重視されていたからこそ、クリームのインプロヴィゼーション(即興)などが60年代を象徴するものとして捉えられている。70年代のプログレにおける「構築性」はそういうものに対するアンチテーゼとまではいかないですが、やはり彼らは「作品」としての音楽に価値を置いていた。特に「録音芸術」としてのレコードが重要なメディアになっていましたから、完成されたものとして音楽を構築するという行為への意識が強かった。それまで「自分自身の中にあるものをそのまま表現すれば、それが現実になる」という醜表現をしていたミュージシャンに対する一種の批判的姿勢が70年代のプログレッシブ・ロックには存在していました。キング・クリムゾンはまさにその代表と言えます。

--それはやはり理性によって構築されるものでしょうか?

長澤:キング・クリムゾンに関しては理性によるコントロール、「感情に流されない音楽」という側面もあります。「構築」というのは理性的に世界を構築するというメタファーでもある。60年代までは情念や感情、より情緒的なものがロックの中心にありましたから、それとは対照的です。
 ところで今年の『パニック・アメリカーナ』テーマである「マニアック」というのはとても良いキーワードですよね。というのも、狂気や情念をベースにしながら、それに流されるだけではなく「それをどうやって自分達の表現芸術作品にするのか」という事に取り組んでいたのが70年代、特にプログレ界隈のミュージシャンだと思います。ヘビー・メタルにも顕著ですが、ロックは「狂気的なもの」をいかに「作品」の中に閉じ込めるか、そしてそれを構築していく方法論を模索していく音楽形式という側面もある。個人的な想いは別として、ベトナム戦争後からレーガン政権までの70年代のアメリカというのは不安定で先が見えない不透明な時代でした。当時のロックはそうした不安定さや閉塞感を掬い上げるものでもあったはずです。

--テーマに触れてくださってありがとうございます!70年代のそうした閉塞感がプログレ、そしてパンクにも繋がる。ちなみに長澤先生はパンク・ロックはお好きですか?

長澤:70年代のパンク・シーンで私が一番好きだったのはストラングラーズでしたね。いわゆる「パンク・ロック」のイメージとは少し違う、どこかアート的でプログレに通じるような世界観や60年代のサイケデリックなものを引き受けている点が魅力的です。しかし、80年代に入ると「綺麗なもの」がテレビによってすごく前に出てくる。

--世俗化されたというニュアンスでしょうか

長澤:世俗化というよりも「漂白された」というイメージ。あまりドロドロしたものが見えなくなってきた印象は当時からありました。その中でも一番凄かったのはプリンスですね。プリンスの音楽は猥雑で、やはりマイケル・ジャクソンとは違う。

--ジェームズ・ブラウンからの派生と考えるとマイケル・ジャクソンとはある意味兄弟とも捉える事ができるかと思いますがあまりにも異なる。とにかくエロティックですよね。僕はプリンスのMVを初めて見た時にそれこそ大爆笑してしまいました(笑)

長澤:笑っちゃいますよね、笑うしかない(笑)でも、実際に曲を聴いていると深みにハマっていく要素がある。そういう意味ではプリンスは70年代ロックに繋がるものを感じます。

--ギリギリですが、デビュー・アルバム(『フォー・ユー』)も実は70年代ですからね。

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