川中島合戦戦国絵巻
巽: 年に1回、南北戦争のシミュレーションゲームをやってるくらいだからね。そういえば、北米の南北戦争シミュレーションに対応する日本のイベントが毎年4月に行われているでしょう。小谷さんは「川中島の戦い」の再現イベント(「川中島合戦戦国絵巻」)に何度も参加してる。走り回るとはいえ、甲冑を着ている訳だからこれも「コスプレ」には違いない(笑)
佐藤:井上靖の『風林火山』、信玄と謙信の合戦ですね、どうしてまたご参加を?
小谷:ちょっと友達に誘われまして(笑)40年ほど前に山梨県の笛吹市が町おこしの一環でイベントを立ち上げたら、いつの間にか規模が大きくなって今は7~800人規模なんですよ。全国はもちろん、外国の方もいらっしゃるのよ。
巽:3回くらい参加してるよね?私は毎回カメラマンですよ。実際には長野県の川中島じゃなくて山梨県の笛吹川を使ってるところも面白い。
小谷:「レンタル甲冑」を当日は借りる事が出来るんですけど、「マイ甲冑」を持ってきてる方もいてねぇ。文献通りに軍の中で家臣の家軍団に配属されてそこで「車懸りの陣」とかやらされる(笑)甲冑着て全力疾走するのはなかなかタイヘンです(笑)。あと、武田軍の甲冑が派手でかっこいいのに、私はいつも地味で質実剛健の上杉軍なんですよね。選べないのが残念です。
何故か今川義元とかも出てくるんだけど、やっぱり歴女が多いから「(史実と)違うーーー!」なんて叫び声が聞こえたりするのがまた良いですね。
巽:なかなか面白いよね、名物イベントだから、毎年テレビニュースでも放送される。
小谷:「シミュレーションゲーム」との相乗効果で「コスプレ」は本当に人気になりましたよね。21世紀になって完全に違和感が無くなって、ここ5年くらいのハロウィンの渋谷とか本当にコスプレ多いですからね。自分たちだけ「変態」扱いされていた頃からすると考えられない(笑)
元々はアメリカのファンがやっていたイベントを日本に輸入してみただけなんですが、物凄く大きいムーブメントになってしまいました。今のコスプレは本当に芸術的ですよ。衣装はアニメそっくりだし、なりたいキャラと自分自身の身体的特徴に差があってもメイクのスキルが上がってるから上手く仕上がる。コスプレもそうだし、やっぱりファン活動っていうのは「現実を忘れてしまうような感覚」がありますよね。
巽:この26号が出る12月ぐらいには小谷さんの新著『性差事変』(青土社)が出る。450ページを越えてるんですよ、単著で。
–単著で!?
佐藤:どういった内容なんでしょうか?
小谷:「ユリイカ」と「現代思想」で書いていた原稿が溜まってしまったものですから、青土社から今回出版させていただきます。「東京事変」から拝借しているので、椎名林檎様に足を向けて眠れません(笑)
ずっと締め切りに追われてあたふたしているうちに数十年、気が付けば単著もこんなページ数になる訳ですよね。利息こそついてないんですが、「私も良く頑張ったなぁ」なんてしみじみと(笑)。でも、夢中になってる作家さんに出会えたのは本当に幸運でしたね。あと、やっぱりフェミニズムとの出会いも大きかった。出会う前は「世界はこんなにつまらない」とSFに夢中だっんですけど、フェミニズムを知ってからは「世界とは二重になっていて、今までは男の世界しか知らなかったから、つまらなかったんだ」と理解出来たから急に世界が開けた気がしました。
巽:ちなみに、三脱本の私の序文「人文学の未来と批評的想像力」と小谷さんの『性差事変』第四部の「脳内彼女の実況中継――笙野頼子の反テクスチュアル・ハラスメント論争」は文学批評からする新自由主義への徹底抗戦という意味で期せずして連動しているので、その意味でも是非一読していただきたいですね。
『プロヴィデンス怪談』By 佐藤光重
佐藤:小谷さんの様な熱量を持っているかと言われると怪しいところですが、私は実はH・P・ラヴクラフトが好きなんですよ。
巽:だから前にラヴクラフトと馴染み深いロードアイランド州のプロヴィデンスに留学してたよね。今、生家はスタバになってるんだっけ?
佐藤:そうなんですよ。大学街でもちょっとおしゃれな地区のスタバの敷地にひっそりと生誕地を示すプラークがあるのみです。でも、ラヴクラフトが長い事住んでいた親類の家や作品に出てくる屋敷のモデルになった家々が残っているんですね。未だに幽霊伝説がある家も残っているんですけど、曇天に覆われた天気の悪い時などにそういった場所を通りかかると「ラヴクラフトがああいう話を書くのも理解出来るな」 という独特の雰囲気を感じるんです。たまたま辺りを散歩してる時に、何故かいつも気になる古い屋敷があったんです。なんだか妙に魅力を感じるんですね。それである時やはり曇り日にその屋敷の前を通ったときにまた妙に魅入られてしまい、ひさしぶりに「チャールズ・デクスター・ウォードの怪事件」が読みたくなって帰宅後に読み返していたら、注釈に書いてあるモデルとなった屋敷がじつはそのいつもわたしが魅かれる屋敷だったのです。どこか脳裏に作品のイメージが刷り込まれていたのでしょうね。そのイメージとぴったり合う屋敷なので魅入られたということが後に分かりました。その屋敷でもとりわけ屋根裏部屋には目が釘付けになったものですが、ラヴクラフトが生きていた頃には幽霊が出るという噂の部屋だったそうです。
小谷:えーーーっ!
佐藤:作品のモデルになった家という事を知る前から、この屋敷を通る度にずっと気になっていたので驚きましたね。やはりファンとしてはプロヴィデンス散歩を味わえたのは至福の一時でした。 近くにはラヴクラフト家の墓石がある田園墓地(Swan Point Cemetery)があります。週末になると墓地に接する広場でファーマーズ・マーケットが開かれるから、家族を連れていくんですけどやっぱりラヴクラフトが好む様な雰囲気ですから家族の週末向けではないかもしれませんが(笑)
ラヴクラフトの作品には半魚人と人間との混血の末裔が住む村(インスマス)が存在しますけど、その住人の特徴である「目がギョロっとしていて、肌がどこか湿っている様な艶やかな女性」をテレビなどを見ている時にどうやら無意識のうちに探しているらしく、実際にちょっと似た人を見つけると驚く(笑)先ほどの小谷さんの話を聞いていて「現実には存在しないからこそ、追い求め、時には実際に作ってしまう」という感覚にはそういった意味で非常に共感しました。
小谷:佐藤先生がそこまでラブクラフトがお好きだとは知りませんでした! 私の感覚では、クトゥルー神話はゲテモノの部類なので、なぜ佐藤さんがラブクラフトラブなのか気になります!
巽:ピューリタンを研究してると、どうしてもマサチューセッツ州のお隣のロード・アイランド州が気になるものです。というのは、 17世紀ピューリタン植民地時代には異端者が追放される島流しの地として有名だったから。州都プロヴィデンスは海岸に近くて、ポーが晩年の恋愛詩「アナベル・リー」で舞台にした「海辺の王国」( Kingdom by the sea)のモデルじゃないかと言われてる。あの海辺がないと「インスマウスの影」もあり得ないんじゃないかな。ちなみに、佐藤君が昔住んでいた所も湾岸に近いよね。
佐藤:川崎=アメリカ東海岸説ですか(笑)東京だと鈴ヶ森なんかは処刑場がありましたから、まさに魔女狩りがあったセイラムに通じるかもしれません。大田区とセイラムって姉妹都市なんですよね。
巽:昔、大田区立郷土博物館に行きましたけど、あそこで販売されているセイラムに関するパンフレットを読むと、ホーソーンに関する解説が物凄く上手く書かれているんだよね。税関時代のホーソーンの年収まで明らかにされている。あれは一体誰が書いたんだろうか?
佐藤:そうそう、大学院生の頃、大田区の羽田図書館に行ったら『七破風の屋敷』のモデルが置いてありましたね。ちゃんと姉妹都市という事を意識しているんですよ。大田区には大鳥居ってありますよね?以前あれを移設しようとしたんですけども、その時は悲惨な事故が起きてしまったそうですから、これは一種の「たたり」ですね。オカルト系の図書を調べてみると「狐憑き」という症状が見られるとかなんとか。実際、稲荷神社は巡って歩けるぐらい多いですね。
巽:「ゲニウス・ロキ(地霊)」( Genius Loci)だよね。土地が何かを呼んでしまう一例だよ。となると大田区はセイラムにプロヴィデンスが重なっているのかも。「海から何かが上がってくるんじゃないか」という恐怖に怯える「湾岸ゴシック」が似合う。
–(大田区マジか、、)
巽:今日参加している学生諸君はぜひ大田区に行って、その雰囲気を味わってみてよ。南馬込で降りればいい。郷土博物館のパンフレットも五百円で買えるから、忘れずに。
学生一同:はい!
TransPacific Ghost in the Hair
巽:我々共通の知人で「マニアック」といえばブラウン大学の教授でそれこそエミリ・ディキンスン研究とラヴクラフト研究の大家バートン・リーヴァイ・セント・アーマンド( Barton Levi St.Armand)先生じゃない?
小谷:あの人は尋常じゃないですよね。
佐藤:家の中がまるで博物館で人骨なんかもあったりする。彼自身の知識量も物凄いので「歩く博物館」の様な方ですね。
小谷:夜になると凄く綺麗なドレスを着たおばあさんが「お茶はいかが?」とハーブティーを出してくれるんですよね。家の中には机という机にびっしりと小物が置いてあってお風呂もバスタブの縁の所まで物が敷き詰められてる(笑)
佐藤:今は家政婦の方を雇って、週に何回か掃除してもらってるみたいなんですけど、ああいった貴重品やアンティークの小物にあふれる家の掃除はどうやってるのか、想像するだけでも大変そうです。
小谷:実に綺麗で、一つ一つ丁寧に拭いていたんじゃないかと思うと、気が遠くなりますよね。アーマンド先生のお父さんやお母さんも皆コレクターだから、各々が収集した絵画やら小物やらをまとめて飾っているお屋敷なんですよ。お庭のバラが「エミリーの薔薇」と名付けられているから「え!じゃあこの家には死体もあるの!?」なんてね (フォークナー「エミリーに薔薇を」)
一同:爆笑
小谷:でも、エミリーはエミリー・ディキンスンの方だった。彼女が作っていたバラの苗を譲り受けて引き継いでいたらしいですよ。
巽:アーマンド先生は重厚なディキンスン論も公刊してますからね。
佐藤:まさに「マニアック」とは彼の様な人の事でしょうね。様々な物を譲ってくださるんですが、それがまた結構高価な物なんですよ。日本から来たという事でラフカディオ・ハーンが1899年に書いた『霊の日本にて (In Ghostly Japan)』の初版を頂いたんですが、帰国後に調べてみると相当なお値段でしたから、思わずびっくりしました。頂いた版画がハドソン・リバー派の作品だったり。
巽:ポーの髪の毛も所有していてね、それを慶應義塾に譲ってくれたんですよ。
小谷:アーマンド先生の甥っ子さんが夜中目覚めた時に、キャビネットの引き出しを開けようとしている黒いマントの男を部屋で見たんだって。ご先祖様の幽霊かもしれないから写真を色々見せても「この中にはいない」と。ところがポーの写真を見せたら「この人だ!」って。しかも、黒いマントの男が開けようとしていた引き出しの中にはポーの髪の毛が入っていた、、
―なんか寒くなってきた、、
小谷:その髪の毛の一部をアーマンド先生から慶應に頂いたんですよ。だから「ポーの幽霊が海を渡ってきた」とも言われていますよね。
巽: 三田文学ライブラリーに入ってますから、何か展覧会をやれば出してくれるんじゃないかな? 2009年のポー生誕二百周年記念の時に初めて展示したら、朝日新聞にも報道された。凄い話だよね、髪の毛からポーのDNAが取れる訳でしょ。
小谷:『ジュラシック・パーク』みたいに足りないところは違う人の遺伝子で(笑)
佐藤:ポーが量産されてしまう(笑)
巽:うまく遺伝子融合すれば、誰でもポーになれるかも。ダニエル・ホフマンの名著のタイトルそのままだよね、Poe, Poe, Poe, Poe, Poe, Poe, Poe。
司会:4年榮
聞き手:4年榮、篠碕、銘苅、3年関根
文字起こし&構成:榮、関根
撮影:巽ゼミOB山口様(2期生)
ご協力:社中交歡 萬來舍